日本プロ野球、来季から微妙な判定に対してリプレイ検証を要求できる「リクエスト制度」が開始

MLBから遅れること4年、NFLから遅れること19年、大相撲から遅れること49年。ようやく日本のプロ野球にもビデオ判定の採用が正式決定されました。かねてよりチャレンジシステム導入を願っていましたので、これは大変喜ばしいニュース。チャレンジをパクっているくせに、名前だけは「リクエスト」と独自のものをつけているのは超ダサイですけど。

「誤審もドラマだ」と、ビデオ判定導入には今でも根強い反対論を持つ方がいらっしゃいますが、個人的にはビデオ判定は全面的に大賛成です。試合後、「審判のジャッジが~」と負け惜しみするのは本当に不毛ですし、勝った側とて素直に喜べない微妙さがある。誤審はゲームの面白さを著しく損ないます(特にサッカーはそう)。ドラマは審判ではなく選手が作るもの。ゲームの健全な公平性を保つため、ビデオ判定導入は不可避だと強く主張したい。

しかし、何も私は公平性だけのためにビデオ判定の必要性を説いているのではなく、チャレンジ(リクエスト)システムはスポーツの新たな楽しみになり得るから、導入を希望していたのです。

チャレンジシステムの元祖であるNFL(フットボール)では、微妙な判定に対してヘッドコーチがチャレンジを行うと、ファンが固唾を呑んでビデオ判定の結果を待ち、判定が覆った瞬間、割れんばかりの歓声でスタジアムが沸きます。そう、今までネガティブ要素でしかなかった誤審が、チャレンジシステムによってエンターテインメントに変化するんですよ!

チャレンジがあれば、ファンは審判のミスに寛容になれます。判定が覆った瞬間の興奮を味わいたくて、むしろ誤審はあって欲しいとさえ。これまで誤審が起きると、ゲームをぶち壊した責任が審判1人に重くのしかかっていましたが、それも軽減されることになります。誤審を許さないためのビデオ判定ではなく、誤審を楽しむためのビデオ判定。選手・ファン・審判、全員が誤審に対してポジティブになれるのに、反対する理由がわかりません。

ただし、ビデオ判定は必ずしも万能じゃございません。ビデオを繰り返し再生しても、どうしても判別がつかないケースは当然あります。まさにそんな事態が起きたのが、福岡ソフトバンク対横浜DeNAの日本シリーズ2017の第2戦。ランナー今宮とキャッチャー戸住のホームクロスプレイは、ビデオ検証の結果「セーフ」とジャッジされましたが、私は戸住のミットが先に触れていたように見えましたので、今でもあの判定には納得がいっていません。結局、ここでソフトバンクの得点が認められたせいで試合を落とし、シリーズの趨勢も決まってしまいましたから、禍根を残すジャッジでした。

こうなると、「ビデオ判定やっても、結局こんな風に揉めるならビデオ判定はいらないじゃないか!」という意見が出てくるんですが、これはビデオ判定の規定をきっちり整理しておけば、起こり得なかった問題。というのも、今宮のホームインが先か、戸住のタッチが先か、実はそこはそれほど重要ではなくて、“リプレイを繰り返し確認しても、アウトかセーフか確信が持てない超微妙なプレイだった”という事実がわかれば、それで充分だったんです。

NFLのチャレンジシステムは、「ビデオ検証で明確な証拠が確認できなければ判定は覆らない」と規定されています。つまり、判定が覆るのは、ビデオ検証の結果、明らかな誤審が確認できた場合のみ。ビデオを確認しても意見が分かれる場合は、最初に審判が下したジャッジを尊重すれば揉め事は起きないんです。

あの場面、最初の主審のコールは“アウト”でした。だから、リプレイを確認して「誰が見てもセーフなのは明々白々」でない限りは、ランナー今宮はアウトであるべきです(そして、日本一はDeNAだった)。ビデオ判定だからといって必ずしも白黒はっきりつける必要はなく、グレーであることを再確認できるだけでも、ビデオ判定の意義は大いにあるのです。機械でわからないことは、最終的には人間(審判)に委ねる。それが審判の威厳を保つことにも繋がるのではないでしょうか?

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  1. そういう意味では、リプレイ検証しても微妙なほどきわどい場合はあえて白黒はっきりつけず、そのプレーをなかったことにしてやり直すという制度(=同体取り直し)を持つ相撲って意外なほど革新的ですよね。もちろん、野球を擁護すると、野球で「本塁クロスプレーがセーフかアウトか映像で確認したけど微妙なのでそこだけやり直します!」とはできないですし、基本的に審判の判定でプレーが切れる相撲やアメフトのような競技のほうがビデオ判定に向いているのかなとは思うんですが。

    相撲はビデオ映像による検証制度をいち早く取り入れたのもそうですが、そもそも行司の判定がおかしい場合の第三者による物言いという相撲版チャレンジ制度自体はそれこそ1700年代からあるそうです。

    さらにいえば、「審判といえど誤審は起こりうるもので無謬ではない」という現代的?な認識が共有されている一方で、あの衣装とか帯刀(誤審をしたら切腹する覚悟を示すもの)とかで何となくうまい具合に審判としての威厳も維持していて、「行司って相撲にいらないんじゃない?」みたいな他のスポーツなら言われそうなことからも回避できていて、誰が考え出したのかはわかりませんがうまくやってるなー、と思います。

    • 明確な勝利でなければ勝利と認めない“同体取り直し”の制度は素晴らしいです。ビデオ判定の確度を高めて白黒つけることにこだわるよりも、グレーであることをファンに納得させるのが大事ということを、大相撲は何年も前から実践しています。最も保守的で、近代技術から縁遠いイメージの大相撲が、これほど先進的であるのは不思議。ネット・スマホ対応も早かったですし。プロ野球(特にセリーグ)も見習え。

      そもそも相撲は、取り組み後の判定で揉めているのを聞いたことがない。他の対戦競技、例えばボクシングなんて、毎回のように「判定が偏ってる!」「TKOの判断がおかしい!」とかすっきりしない結果になるのに、相撲はそういったストレスと無縁ですもんね。横綱昇進の条件がガバガバなのは気になりますが、試合(取り組み)に関しては完成されているように思います。

      >「行司って相撲にいらないんじゃない?」みたいな他のスポーツなら言われそうなことからも回避
      行司は審判ともカテゴライズしにくい独特なポジションですよね。厳密にはいなくても相撲は成り立つんでしょうが、行司不在の相撲は絵面的にも寂しい。

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