リトルバスターズ!
メーカー〔Key〕 発売日2007年7月27日


最後まで頑張れ(∵)
珍妙な口癖を連呼する幼児退行したヒロイン。奇跡という禁じ手に頼る姑息なシナリオ。不幸を煽って同情や憐憫を誘う下衆な感動。

本来ならば、どれも拒否反応を示す要素ばかりなのに、私はKeyの作品が大好きだという矛盾。「泣ける」ということは、それだけ特別な魅力なのです。ヒロインが幼稚であろうと、シナリオが姑息(誤用)であろうと、感動が下衆であろうと、私の双眼から涙らしき液体を流させてくれれば、万事オーライ。その時点でKeyの総てを肯定しますよ。逆に言うと、泣けなかったときには、いつでも否定派に寝返る準備があるんですがね。

事実、このリトルバスターズ!(以下リトバス)では、一時アンチKeyに転身しかけました。始めに手掛けたサブキャラのシナリオが、あまりにひどかったからです。及第だったのは美魚と葉留佳のシナリオぐらいなもので、小毬、クドリャフカ、唯湖の3人は問答無用でダメ! ものの見事につまらなかった!(怒)

「サブのシナリオは、所詮新人ライターの仕事だから…」と、自らに言い聞かせようとするも、物語の大本である共通パートまでイマイチなので、不安は募る一方。元々Key作品の共通パートは、平凡で退屈な日々がだらだらと続いて、そんなに面白いわけじゃない。最後の感動のための助走距離だと割り切るべきもの。しかし、前作のCLANNADはその共通パートが秀逸でしたし、今回だって男友達キャラが3人も揃っていますから、結構な期待をしていたんですよ。

それが完全に期待ハズレとまではいかなくても、思ったほどじゃなかった。ミッションという名の遊びはどれも微妙なもので、随所にある笑いも往年の冴えがない。恭介、真人、謙吾の3人の男友達は気の良い奴らでしたが、特別な個性を感じさせない凡庸なキャラ。CLANNADに登場した最強男友達キャラの春原陽平が強烈だっただけに、どうしても見劣り感がありましたねぇ。

かてて加えて、主人公の理樹君が萌えゲーの量産型主人公だったことにも失望。Keyの主人公といえば、横柄で薄情で毒舌でドSだけど、根っこに優しさがある……そんな素敵主人公であったはずなのに、今回はただ周りに流されるだけの消極的な主人公に成り下がっています。実をいうと、この消極的な性格が最後の感動に繋がる伏線となっていたりするのですが、そんな事情を知る由もなかった私は、ただただ主人公の劣化具合に嘆くばかりで…。

Keyじゃなかったら、こんな作品、絶対に途中で投げ出していました。我慢しながらプレイを続行してこれたのは、Keyというブランドへの信頼があったからこそ。諦めずに辛抱強く続けていれば、必ず報われる時が来ると信じていたからこそ!

その想いにKeyさんが呼応してくれたのは、本当に最後の最後でしたけどね。メインヒロインである棗鈴(なつめりん)のシナリオは、これまでの体たらくが嘘のように素晴らしいもの。Keyらしい、心に響く極上の感動を届けてくれました。

人付き合いに臆病で、1人では何もできない幼子のような鈴が、少しでも強さを持てるようにと、敢えて突き放すことを選ぶのですが、そこからの心痛は相当なもの。孤独に沈む鈴が、不慣れな携帯を使って送信してくるメールを読む度、私の胸は張り裂けんばかりでしたよ。今では(∵)この顔文字を見るだけで涙腺が緩んでくる。微笑ましい顔文字だったはずの(∵)が、いつの間にか物悲しい表情にしか見えなくなるなんて…!

そして、リトバスの世界の秘密が解き明かされる最終ルートrefrain。隠されていた本当の現実を知ることで、恭介、真人、謙吾の真の友情を目の当たりにすることとなります。ラストのデリケートな部分なので、多くを語るわけには行きませんが、ここで一挙に熱い感動が込み上げてきて、当然のように私は涙しました


リトバスについて、私の口から1つハッキリと申し上げられるのは、最後までやること。これはKey作品全般に対して言えることですが、途中つまらないからといって見限っちゃダメです。待てば甘露の日和あり。どうか皆さん早まらないでください。究極、サブキャラのシナリオはCtrlで飛ばしちゃっても構いませんから、這い蹲ってでも、最後のrefrainまでやり切ってもらいたい。そうじゃないと意味がない!

しかし、Kanon、AIR、CLANNADほど「泣ける」ものは期待しない方がいいかも知れません。私は感極まって涙してしまいましたが、過去のKey作品のように号泣はしていません。というのも、リトバスは今までの作品のように、あざとく泣きを狙ったものではなかったからです。

これまでのKeyの感動とは、“可哀想な女の娘の品評会”でした。少女の不憫な姿、不幸な境遇を見せつけ、「どうだ? 可哀想だろう? さぁ、同情しろ!」と迫ってくる手法。リトバスも相変わらず、“可哀想な女の娘”は総出演していたのですが、それを利用して強引に感動へ畳み掛けようとはせず、一歩焦点をずらしたところで異なるテーマを訴えかけています

例えば、鈴のシナリオにしても、離れ離れになってしまった際、もっとペーソスを煽って泣きを演出することは容易であったはずなのに、敢えてそうはしなかった。これまでのKeyなら、いやらしいほどプッシュしてきた力点を、敢えて見逃している。他のシナリオにおいても、それほど「泣かせる」ことが念頭に置かれてはいないんですよね。力尽くで泣かせようとする感動からは脱却していたのです。

でも、それが果たして、Key作品に相応しい判断だったのかというと……どうでしょう。あざとい下衆な感動であろうとも、滂沱(ぼうだ)の涙を流させてくれたAIRの方が、私にとっては、やっぱり何倍も心に残る名作だったな。リトバスはいろんな意味で弱さのある作品。これまでとは異なる試みで感動させてくれた優秀な作品ではあっても、歴代Key作品の中では最下位に順序付けるしかありません。残念ながら。

これが麻枝准さんの引退作であるとを思うと、途方もない喪失感。本当にこれで終わりなの? 終わっちゃっていいの? 最後の最後がこれとは、あまりに殺生な。

この作品は鈴ルートとrefrainが本編であり、その他のシナリオはアンソロジーだとお考えください。

それぐらい、他のヒロインの必要性を感じませんでした。元祖リトルバスターズの面々(恭介、真人、謙吾、鈴、理樹)だけに絞って話を構成した方が良かったと思いますよ? クドリャフカとか唯湖とか、関係ない人間のルートを作るぐらいなら、恭介、真人、謙吾に個別ルートを作ってあげて欲しい。その方が、refrainでの感動が倍加されたはずです。

RPGのようなバトル、食堂のメニューの配膳、野球の練習といったミニゲームが幾つか用意されています。

バトルはただ見ているだけのつまらないものでしたが、野球の練習は実際に投げてくるボールをバットで打てるので、それなりに面白かった。猫たちが打球を追って遊んでいたり、ほのぼのしていて良い。

しかし、意味不明なのは、試合になると練習のようなアクションゲーム形式ではなく、選択肢を選ぶだけの単純なゲームに変わり果てたこと。何回もミニゲームで繰り返し練習させたくせに、いざ試合が始まると、その特訓がまったく無意味になるなんて…。

ミニゲームの成否はシナリオに影響しないというのも張り合いがありませんね。それだと2週目以降は自動的にスキップするようになるでしょ。

サブヒロインは散々でしたが、西園美魚だけは良かったです。彼女は感情を露わにしない物静かなビブリオマニアで、今風に言えば長門タイプでしょうか。好みのタイプではないはずですが、何故か美魚は好きになれました。“日傘を手放さない理由”には感心しきり。これは上手い。

ここぞという場面で最高の音楽を奏で、感動に一層の拍車をかけるのがKeyの必殺テクニック。これまでKeyの音楽に殺された人は数知れずでしょう。

ところが、今回、感動を誘引するような、特別耳に残るような音楽がなかったのです。これは単純に質が落ちたというより、音声が付いたせいなのかも…。

主題歌の「リトルバスターズ!」は普通に名曲でしたがね。これはオープニングより、エンディングで聴きたい曲。

なかなか人に懐かない気高き仔猫、棗鈴。Key作品において、私が初めてフツーに萌えたキャラです。猫っぽい挙動が愛らしく、「ふかーー!」と威嚇する仕草には激萌え。猫に囲まれ一緒に戯れている姿は、もう可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて仕方ありません!!

声も彼女の魅力を押し上げています。言葉遣いが乱暴で、「アホだ」「バカか」といったツッコミを平気で浴びせたりする娘ですが、その独特のイントネーションのせいかやたら言い方が愛らしい。田宮トモエさんって初めて聞く名前の声優さんでしたが、いきなりファンになってしまいました。

ちなみに、笹瀬川佐々美も同じ声なんですよね。佐々美は鈴のライバルでよく言い合いの喧嘩をしていますが、そのとき注意深く両者の声に耳を傾けても、まったく同一人物とは思えない。主人公理樹の声も演じていますが、これまた同一人物とは思えない。演じ分けがすごすぎ。
2007年8月3日