さよならソルシエ 書評

探偵の如く優れた洞察力と、時代の先を読む類い希な先見性を持った一流の画商。民衆への芸術の開放を望み、保守的なパリの美術界に風穴を開けるべく、権威あるアカデミーを敵に回して立ち向かう彼の名は、テオドルス・ファン・ゴッホ。あの名高き天才画家フィンセント・ファン・ゴッホの実弟です。
さよならソルシエ 1
ゴッホ(フィンセント)自身を主人公として描くのではなく、弟テオドルスの視点からその天才画家の生涯を描くというアイディアは素晴らしいと感じました。生前は人々に認められることがないまま、非業の死を遂げたゴッホの人生だけに、肉親の目から見た生のゴッホ像というのはどんなものなのか、非常に興味深かったです。

ところが、意外にも作中からゴッホの魅力が伝わってこない。極めて温厚な性格で、木訥とした普通の青年に過ぎない彼は、炎の画家の異名を取るゴッホ像とはあまりに懸け離れた人物。史実を完全に無視したエピソードの1つ1つはどれも凡庸なもので、漫画としても大した盛り上がりを見せません

せっかく着眼点は光るものを感じるのに、肝心の脚本がピリッとしないのは致命的……そんな風に思っていたら、ラスト残り2話で衝撃のどんでん返しを食らいました
さよならソルシエ 2
ゴッホの死後、兄の作品を世に認めさせるために行ったテオドルスの一世一代の大仕掛け。生前は見向きされなかったゴッホの絵画が、如何にして人口に膾炙され、高い評価を受けるまでに至ったのか? その秘密は、テオドルスの魔法にありました。ここでようやく、タイトルにもなっているソルシエ(魔法使い)の本当の意味を解することができたのです。

言うまでもなくこの漫画はフィクション。ですが、漫画の内容がまったく荒唐無稽な作り話だとも言い切れないところが上手い。古今東西、偉人と呼ばれる様々な人物が持つ伝説には、大なり小なりこのような“魔法”がかけられているものだと思いますし、それを踏まえた上でも、ゴッホは偉大だったんだと思わせてくれます。

この胸が空くようなどんでん返しは、「式の前日」で驚くべき叙述トリックを見せてくれた穂積さんならでは。ゴッホが凡庸であることが、これほど見事な伏線となっていたなんて、本当に感服いたしました。

しかし、これがミステリー小説であれば素直に名作だと絶賛できても、あくまで伝記漫画として見ると賛否分かれるでしょうねぇ…。漫画はオチだけでなくその過程も楽しませなくてはならないもの。最後の最後までゴッホを凡庸に描き続けたというのは、極めてリスクの高い作品ですよ。

もしこれが5巻6巻と引き延ばされていたなら、恐らく私は最後のオチに辿り着くことなく途中で読むのをやめていたはず…。そう考えると、全2巻という少ない巻数で打ち切ったのは絶妙の幕引きだったのかもしれません。

式の前日 (フラワーコミックス)

著者/訳者:穂積

出版社:小学館( 2012-09-15 )

定価:

Amazon価格:¥ 463

コミック ( 187 ページ )

ISBN-10 : 4091345859

ISBN-13 : 9784091345851


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