ヒメゴト~十九歳の制服~書評

3人の主人公に共通するのは、心と身体の乖離。それは彼女たちが持つ特殊な事情や性癖に起因するものですが、セクシャルマイノリティに限られたものではなく、誰しも汚れない純愛を求める心の奥で、口外できない歪んだ性癖を抱えているもの。遠いようで実は身近な葛藤や苦悩を繊細に描いた物語に、私は強く胸を打たれました。

男勝りな性格と容姿だが、内に女の娘らしさへの憧れを秘めている櫟原由樹(いちはらゆき)。通称ヨシキ。実はスタイルが良く、身なりに気をつければ周りの男が振り返るような美人。

キャンパス内では名の知れた有名人で、女性から絶大な人気を誇る中性的なイケメン相葉佳人(あいばかいと)。実は女装癖を隠し持ち、好きな女性のファッションやコスメを真似ることで一体感を求める。

まだ無垢なあどけなさが残る可憐な美少女永尾未果子(ながおみかこ)。清楚なお嬢様然とした彼女も、実は裏では15歳と年齢を偽り、オヤジ相手に援助交際を繰り返しているという超弩級のビッチ。

要するに、3人の主人公はそれぞれ表向きとは異なる裏の顔を持っているわけですが、これ自体はそんなに珍しくもない設定というか、隠れ美人・男の娘・清楚ビッチなんて2次元界隈ならどこでも見かけるポピュラーな存在。しかし、それを単なる「ギャップ萌え」という記号で片付けるのではなく、彼女たちの深層心理を極限まで深く掘り下げていくことで、実に緻密で濃厚なストーリーに仕上がっているのですよ。

この3人の男女は次第にそれぞれ好意を持ち合うこととなり、いわゆる三角関係が形成されます。通常、三角関係といえば、1人を対象に2人の異性が恋の鞘当てをする構図ですが、ヒメゴトではヨシキ(女)→ カイト(男)→未果子(女)→ヨシキ(女)という綺麗な三すくみの状況ができており、本当の意味での三角関係。性差を超えた複雑な恋愛模様が、今までにはない斬新な三角関係を生み出しています。

面白いのは、この三すくみの渦中にある本人たちは、それぞれ誰が誰を好きであるか把握していること。例えば、未果子の場合、自分が愛するヨシキがカイトのことを好きなのは知っていますし、カイトが自分に惚れていることも承知している。だから、ヨシキにカイトのことを諦めさせるために、敢えて好きでもないカイトの誘いに乗り、カイトの欲望満たしてあげるような駆け引きが行われるのです。

ヨシキは高校時代から付き合いのある別の男友達からも想いを寄せられていましたが、それを知った未果子は、ヨシキから悪い虫を遠ざけようと、その男友達のセックスの相手をして、ヨシキへの未練を断ち切らせようともする。目的のためなら、自分の身体を駆使することに一切の躊躇がなく、打算のみで好きでもない男と平気で寝れてしまう彼女の恐ろしさ。

「女だ。この女は誰よりも“女”だ」

醜さと美しさ、か弱さと逞しさ、正反対な性質を表裏一体で併せ持つ存在、まさに永尾未果子はどこまでも「女」というキャラでした。こんな軽蔑と尊敬の真逆の感情を同時に抱かされる存在はなかなかいないですよ。その蠱惑的な魅力に私は完全に取り憑かれて、常に彼女の存在を気にしながら、彼女の視点で物語を見ていた気がします。

作中では未果子が援助交際を行うシーンが度々出てきますが、これがまた作者の実体験ではないのかと勘繰りたくなるほどに描写がリアルで(笑) 出てくる援交男がどいつもこいつも引くぐらいの変態野郎ばかり! 神父服に着替えて、女子高生の制服のスカートの中に頭を埋めながら懺悔を始める男とか、「実際にそういう男がいた」という経験でもなければ、絶対に思いつかないキャラでしょ!

1人1人のキャラクターの心理描写がとにかく真に迫っており、作品の内側へと内側へと引き込んでくる吸引力がすごいです。女になれない女、女になりたくない少女、女でいられなくなる男、子供以上大人未満の微妙な立場の彼女たちが揺れ動く葛藤の中で味わう塗炭の苦しみ。その物語の鮮烈さに私もかつてないほどに熱中してしまい、一度読み始めると止まらなくなるほどでした。

「この世界で“女の子”ほど憧れられて、みんなが欲しがる存在ってある? 私はそれでいたいの。限界まで」

読了後、彼女たちを苦しめている諸悪の根源を突き止めようとしたら、それは「未成熟な少女に過剰な価値を与えて賛美する社会である」と結論付けられました(笑) まったく、世の中少女を偏愛する男がたくさんいるから、女は無理をして少女であろうとし、そこに肉体と精神の歪みを生じさせるんですよ! 制服マニアのJK好きロリコンはなんと罪深き存在か! この漫画を読んで一緒に反省しよう!

ヒメゴト〜十九歳の制服〜 1 (ビッグコミックス)

著者/訳者:峰浪 りょう

出版社:小学館( 2011-04-28 )

定価:¥ 607

Amazon価格:¥ 607

コミック ( ページ )

ISBN-10 : 4091837778

ISBN-13 : 9784091837776


2 Responses so far.

  1. むぎ より:

    はじめまして。エロゲレビュー時代からこちらを拝見してましたが、初めてコメントします。

    私がこの漫画を手に取ったきっかけはスマホの広告で未果子の援交シーンをみかけたからなのですが、
    ただのインモラルな援交少女たちの闇!みたいなちょいエロ漫画かと思っていたら、ぐいぐいと引き込まれてしまいました。
    私は援交経験も異性になりたいと思ったこともないのに、登場人物それぞれの気持ちにあぁ~わかる…………と何回頷いてしまったことか。
    浅生さんもおっしゃっているように、三人それぞれのキャラ付けが単なる記号に留まらず深く描写されているので、ものすごい深みがあるんですよね。
    全体から漂う性的なムード、それぞれの思惑が絡み合う駆け引きとは反して、三人の想い人への気持ちはまっすぐでものすごくピュアなのも印象的でした。

    私も最近この漫画を読んで衝撃を受けたので、浅生さんが取り上げてくださって書評を読むことができてとても嬉しいです。
    この漫画について語れる方がいなかったので、つい長々と書き込んでしまいました。
    ありがとうございました。

    • 初めまして~。管理人の浅生です。随分以前からご覧になってくれていたようで、どうもありがとうございます! 私もこの作品を語れる人がいてくれて嬉しいですよ~。

      >インモラルな援交少女たちの闇!みたいなちょいエロ漫画かと思っていた
      確かにコンビニに置いてるやっすい三流エロ漫画みたいな紹介のされ方していましたね!(笑) エロで釣った方が広告クリックが増えるのかもしれませんが、作品のイメージ的にはかなり損をしているな~と。

      まぁでも、この作品の援交シーンは相当印象に残るものだったのは事実。ちょいエロ漫画と思って見始めた人が、思わずストーリーに引き込まれていくのも想像できますし、そういう紹介の仕方も間違っちゃいなかったかも?

      >思惑が絡み合う駆け引きとは反して、三人の想い人への気持ちはまっすぐでものすごくピュア
      本当にその通りですよ。純粋な人、不純な人という二元論で語られるのではなく、それぞれがピュアでありつつ、それぞれがふしだら。実際に存在する人間だって、両方を併せ持った人が大半であるはずです。愛を満たす手段と性を満たす手段が必ずしも一致しない以上、汚れない純愛と汚らわしい性癖を併せ持っていても何ら矛盾していません。人間の構造がそうなっているんですから。

      ヒメゴトは、そこを誤魔化さず清濁併せたキャラ造形ができていたので、とてもリアリスティックで共感できる作品に仕上がっていたんだと思います。悪い予感しかしなかったラストも綺麗にまとまりましたし、今振り返っても文句なしの名作でした。未果子が幸せになれる場所を見つけてくれて本当に良かったです(笑)