発売日 2003年11月7日
メーカー feng 
震撼、同時多発バグ
「延期をしません!」「バグを出しません!」発売前に2大マニフェストを高らかに掲げ、絶対の自信と共にfengさんから送り込まれたWhite Princess。ですが、結果的に3度も延期を繰り返すこととなり、やっと発売された製品には魑魅魍魎のバグが巣食っていた…。

公約を守れなかったことに関しては、fengさんもえらく低姿勢で反省されておられたので、私としてはあまり厳しく責めたりはしにくいんですが、でもこの限度を越えたバグの嵐を、おいそれと見過ごすわけにも行かない。スクリプトの粗さ、画面フリーズ、強制終了、無音状態、誤字脱字、フラグミス、シナリオ不整合、立ち絵間違い、欠陥回想モードと、息も吐かせぬ不具合のオンパレードでしたから。これで堂々と「バグを出しません!」と宣言出来たそのクソ度胸には恐れ入ります。

肝心のゲームの中身も、この数々のバグの嵐を見て推して測るべし。「一途にイっても浮気してもOKなご都合主義学園恋愛アドベンチャー!!」と、和姦エロを信条とする者にとっては垂涎のサブタイトルでしたが、見事にこの甘い言葉に騙されちゃった気分。ていうか、このエロゲの製作者は、ご都合主義という言葉を完全に履き違えていらっしゃいますよね?

例えば、「浮気が自由」というコンセプトにしたって、大きな思い違いをされておられる。確かにこの作品では、複数の女性に手を出しても怒られたり咎められたりしないので、男性としてはご都合的な世界といえなくもない。しかし、それは彼女たちが決して浮気に対して寛容という意味ではなく、単に主人公に興味がないという感じなんですよね。主人公が別の誰かと付き合おうが、セックスしようがまるで興味なしで、ジェラシーの欠片すらも見せてくれない。浮気されているのに、普段と何ら変わらぬ態度で接してくる彼女たちからは、主人公への関心がまったく掴み取れないのです。

浮気が許せる理由ってのは、それだけ相手を盲目的に愛しているか、もしくはまったく愛情がないからという2通りになりますが、この作品が近いのは後者。言うまでもなく、嬉しいと思えるのは前者であり、それが一般にご都合主義と呼ばれるものでしょう。なのに、White Princessは「どうでもいい」対応で浮気が許されてしまいますから、こっちは微塵も嬉しくありませんのよね。嫉妬も独占欲も皆無という彼女たちに、一体どんな魅力が感じられるというの~。

エッチに傾れ込むときもやけにあっさりしていて、本当に彼女たちの真意が見えてこなかった。彼女たちの貞操観念の希薄さ、浮気への関心のなさ、つまりこれって、フリーセックスの概念。みんな(私)が求めているラブラブ和姦とは、まったく別のフィールドですよ、こんなものは。フリーセックスゆえに、エッチシーンは多くて、複数人プレイも豊富という利点はありましたが、そんなのは嬉しさのうちに入りませんって。

結局、White Princessの謳うご都合主義とは、ただ単に作った本人の都合が良かったってだけのこと。シナリオに整合性がなくても、エッチシーンの導入が安易すぎても、ついでにバグが多発しても、ぜ~んぶ「ご都合主義」だからという逃げで片付けちゃう。「ご都合主義」という便利な言葉を免罪符にして、なぁなぁで誤魔化された作品に過ぎません。サブタイトルは、「手抜きをシてもバグ出してもOKなご都合主義」だったわけですね。


微かな光明は、女の娘の見た目が可愛かったことか。でもこれも手放しで褒め称えにくくて、正直この原画家さんを絵の上手な人とは認めがたい。というのも、女の娘の顔以外の部分はイマイチなんですよねぇ。エッチではどうもポーズがぎこちなく、裸姿はフェロモンが乏しくて魅力薄。それと、主人公、即ち男性の絵がものすごく雑でして、何だか生気が通ってないマネキンみたい奴ですから、ものすごく萎えるんですよ~。男を描くモチベーションがなかったのなら、もっと画面から外れるような構図にすればいいのに。

該当なし。花織は巫女さんという設定なのに、袴姿のエッチが1つもないのには笑った。何の為の巫女さん?? 袴姿でエッチするつもりがないのなら、巫女さんの存在なんて限りなく無意味だと思うのですが。
2003年11月18日