発売日 2004年7月25日
メーカー Circus FETISH 

スク水フィロソフィ
まず一言、感動しました。「ヘッ、どうせ純愛とエロどっちつかずの半端物なんだろ? 何がCircus FETISHだ。笑わせるぜ!」と高を括っていた無礼千万、プールの底より深く反省致します。私が愚か者で浅はか者で大馬鹿者でした。

これはフェティッシュの真髄、フェティッシュの愛が何たるかを啓示し、私の蒙を啓(ひら)いてくれた真にありがたき逸品。ただスクール水着姿のエッチシーンが豊富なだけの作品に非ず、このエロゲの眼差しは、我々よりもっともっと高みにあったのです。


単純にスクール水着姿のエッチシーンといっても、シチュエーションによりその性質は大きく違ってくるもので、大まかに分けるとおよそ3通りのケースがあると思います。

1つは、エッチのタイミングでたまたま彼女が水着姿だった場合。例えば、水泳をした後にそのまま男女が性交になだれ込むようなケースのことで、エロゲにおいて最もポピュラーともいえる展開。しかし、あくまで偶然水着姿なだけですから、フェティッシュな要素は薄い

2つ目は、男性側の要請もしくは強制で、ムリヤリ水着を着せられてエッチへ持ち込まれるケース。これは男性がスクール水着でエッチしたいというこだわりが生まれるため、1つ目よりもフェチ度は大きいですが、如何せん押し付けの行為であるため、陵辱寄りな展開になってしまうのが難点です。ちなみに優遇接待はこれに当てはまります。

で、最後の3つ目が、男性側のフェチを女性側が総て受け止めてくれるというレアケースで、これこそがすくみず~フェチ☆になるもん~の信念となっていたもの。一言で「受け止めてくれる」とは申しましても、これがなかなかあり得るようなことじゃありませんのよ。

何せ、スク水フェチであることをカミングアウトした後、その趣味を女性が全部理解してくれるのですから。スクール水着フェチだからといって嫌悪や軽蔑を見せるわけでもなく、逆にフェチな主人公のため、自ら進んでスクール水着を着用し、その屈折したフェチの欲求を満たしてくれる菩薩のような慈悲。この「理解を示してくれる快感」というのが、これほどまでに甘美であるとは思っていませんでした。個人的な趣味、それも真っ当ではない趣味を全面的に肯定してくれる彼女たちが、なんと素晴らしいことか。

主人公は単なる「スクール水着好き」といった可愛いレベルじゃなくて、いつも自慰のネタにスクール水着を使って精液ぶちまけているような極度の変態の域ですが、それでも相手の女性はそういう趣味すらも認知した上で彼を愛している。自分の着ていたスクール水着が、今まで散々自慰のネタに扱われてきたことを知りながら許容することができて、むしろ、好きな彼に自分の水着をそういう用途で扱われていたことに歓びさえも感じているぐらい。

社会通念という常識で計れば男も女も共に異常者。しかしながら、そんな普通じゃない狂った愛であるからこそ、余計に尊さを感じてしまうのです。苦悩にも似たフェチという葛藤を、恋人が相互に理解しあい、肯定できる慈しみ。自分の長所や短所を全部ひっくるめて好きになってくれるなら、それはその人にとって最高の恋人でありえるはず。そういった意味で、このエロゲは和姦ゲーとしても抜群のクォリティを誇っていました。

一見、キャピキャピした様相とは裏腹に、倒錯したフェチの世界における男女の異常愛という、非常に中身の濃い内容のエロゲ。それがこの「すくみず~フェチ☆になるもん~」なのですよ。

これだけフェチに象られた作品でありながら、ムードは決して暗くなく明るいフェチとして彩られていたことには感心させられます。内向的なフェチの世界を、楽しくコミカルに描いているこのシナリオは、目立たないようで実はスゴイ。普通、干してある妹のスクール水着をオナニーの道具に使ってるような主人公には、激しい嫌悪感が走るものですが、陰湿なフェチとして描かれていなかったおかげで、彼のこういう行動もどこか微笑ましく見ていられたりするんです。これは大きかった。

鈴枝。黒髪で見た目が一番好みだったこともあり、最初から気になっていましたが、途中、実はものすごくエロエロなキャラであることを知ってからは更にハマってしまった。

先の優遇接待のレビューで、これ以上フェチなものは難しいだろうと書いてしまいましたが、テキストに関しては断然こちらがフェティッシュ。さしずめ究極の優遇接待、至高のすくみずといったところか。上には上がある。

何より驚くのは、こんなエロゲがCircusさんからリリースされたってことですよ。D.C.なんて「エッチシーンあったっけ?」と憶えていないぐらいエロ薄だったのに、まさかここまでやってしまうとはなぁ。今後もCircusとCircus FETISHの両ブランドは、それぞれの持ち味を出した作品を作り続けてもらいたいものです。
2003年7月28日