ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない第25話「アトム・ハート・ファーザー」雑感

「私、吉良のお父さん。今、貴方の後ろにいるの」ポラロイドカメラに写る老人が、ひたひたと背後から忍び寄ってくる都市伝説的ホラー。吉良吉影の歪んだ人格形成から察するに、その父親は本人と対極にある極めて善良な父親か、もしくは子供に虐待を加える最低な父親のどちらかと想像していましたが、包丁片手に襲いかかってくるファンキーな親父だったので少々面食らいました。

前回、あと一歩のところで、吉良を取り逃してしまった仗助一行。人相を変え行方知れずとなった吉良の足取りは途絶えていたが、住所は割れていたので、吉良が住んでいた自宅をガサ入れ。犯行を裏付ける決定的証拠こそ出てこなかったものの、飾ってあった賞状にトロフィー、アルバムなどから吉良吉影の人物像に迫ることができた。

静かな平穏を望む吉良は、これまでの人生でも徹底して目立つことを避けた生き方をしてきたようで、他人を凌駕する高い能力を持ちながらも、その才能を誇示することなく、敢えて三番手に甘んじてスポットライトが当たらないことを選択。他人からの羨望を浴びない代わりに、嫉妬で疎まれることもない。そうして、吉良は平穏を手にしていた。

そんな控えめな性格が窺い知れる一方で、切った自分の爪を瓶詰めにしてコレクションし、子細に成長記録を取っていたという狂気性も露わに。爪が伸びるのが早い時期を自分の好調期と捉え、運勢を占うように殺人を行う時期を見極めていたなんて、実にクレイジーでサイコです。

なおも捜査を続ける承太郎と仗助を阻止しようと、ここで姿を現したのが吉良の父親。もぬけの殻と思われていた吉良の家には、実は霊体である父親が棲み着いており、愛する息子を庇うため、邪魔者を排除しにかかる。彼が持つ能力は、“自分が写っている写真を支配できる”というもの。出し抜けにポラロイドカメラで撮影された承太郎と仗助は、気付いたときには既に囚われの身となっていた。

写真の中で2人が危害を加えられれば、現実の出来事として我が身に降りかかる。恐ろしくなって写真を破り捨てても、ただ自分たちにダメージが跳ね返ってくるだけ。写真の呪縛から自力で逃れることは不可能で、こちらから吉良の父親に干渉することもできない。まさに八方塞がりの状況下で承太郎が取った行動は、写真に写っている吉良の父親だけをカメラで撮影するというもの(このときの無駄にカッコイイポーズに痺れるわ)。この機転で難を逃れたのと同時に、吉良の父親の確保にも成功した。

「こいつは自分の写っている写真を支配するというのなら、こいつだけカメラで撮って、1人だけにすればいいってとこかな」

……という承太郎さんの理屈ですが、ぶっちゃけ私は今でもよく理解できていません。部屋の中だけが切り取られた写真の世界で、吉良の父親は実態のない幽霊で、本人ではなく吉良の父親が写っている写真をポラロイドカメラで撮影したら、吉良の父親だけが別の空間に転移されるってことなの?? 「頭の悪い奴は無理に考えなくてもいいぞ~!?」と仰っていましたので、私も無理に考えるのはやめました(笑)

一度身柄を拘束された父親でしたが、頭の悪い億泰を騙してまんまと脱出を図ると、そのままスタンド使いを生み出す矢を手にして逃走。追い詰められてもただでは転ばない往生際の悪さは息子と同じですね。最初は「これが吉良の父親??」と思いましたが、結構似た者親子かも…

一方その頃、吉良吉影は川尻浩作という既婚者の男になりすまし、妻と息子と3人暮らし。別人が家族を欺いて家庭に入り込むというハードルの高いミッションを、本当にこのまま大過なくすごせるのかなぁ…? 今回の話よりも、むしろ次回に興味を引っ張られています

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なでしこやまとでは、総ての作品が浅生大和の主観に基づいてレビューされています。私個人の主義主張&趣味嗜好が評価に大きく関与し、客観性を無視した極めて独善的なレビューとなっております。そのことを充分踏まえた上でご覧いただけるよう、よろしくお願い致します。
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  1. 追い詰めた殺人鬼が一般家庭に溶け込んで潜伏するという展開の奇妙さと先の読めなさに、すごく引き込まれた回でした。
    しかし入り込んで早々お気に入りのラジオを聴きながら料理する吉良は本当に溶け込むつもりがあるのかどうか(笑)

    >吉良吉影の歪んだ人格形成から察するに
    荒木先生のインタビュー記事で「吉良は母親から可愛がりすぎる虐待のようなものを受けていた」という裏設定があることに言及されていますが、本編では触れられません。
    「吉良の生い立ちを描いてしまうと、悲しい殺人者として同情されるかも知れない。少年誌でそれは避けたいのであえて描かなかった」という判断だったそうです。(うろ覚えですが)

    >本人ではなく吉良の父親が写っている写真
    吉良の父親は幽霊として魂だけの存在となり、「自分の写った写真に魂が入って支配する能力」で攻撃しているので、写真に写っている親父がまさに本人そのものということだと思います。
    そしてアニメでは分かりづらかったかも知れませんが、承太郎は写真を撮る時、カメラに触れるくらい超接写して親父だけを撮っています(元の写真から丸く消え去った部分が撮影した範囲)。普通の写真ならピンボケで何が写っているのか分からないでしょうが、「親父が写っている」ことには違いないので強制的に親父の能力が発動して魂が新しい写真に移動した、ということだと思いますよ。

    • 吉良吉影が見知らぬ人物になりすまし、余所様の家庭に潜伏するという設定にすごくドキドキします。倦怠感漂う夫婦の間柄で、吉良がどのような振る舞いを見せるのか。手際よく手料理を振る舞い、早速元の旦那より評価が高くなっているのが面白い!

      >「吉良は母親から可愛がりすぎる虐待のようなものを受けていた」という裏設定がある
      なんとなく父親が虐待、母親が溺愛で出来上がったようなイメージでしたが、その逆だったんですね。いや、可愛がりすぎる虐待ってことは、母親も溺愛していたってことかな?

      いずれにしても、そういった生い立ちの設定を表に出さなかったこと、吉良を同情的な立場に置かなかった作者の判断は素晴らしいと思います。極悪人でも、その思想に少し共感できるような、悪の中に一分の理があるとキャラの深みが出ますが、やっていることは確実に悪なのに、生い立ちで悪を薄めてしまうのはやり方としてズルイ。そういう同情の仕方はしたくないですから。

      >「親父が写っている」ことには違いないので強制的に親父の能力が発動して魂が新しい写真に移動
      わかるようなわからないような…(笑) いや、仰っていることは理解できているのですが、なんか理屈がすっきり頭に入ってこないですね。億泰のザ・ハンドのように。

      それにしても、自分の能力の仕組みをわざわざ丁寧に説明していた吉良のお父さんは、優しいのかバカなのか。何も言わずに黙って攻撃していたら、多分フツーに勝てていたのに(笑)

  2. 吉良は平穏とかトラブル無用とか
    重ねて言っていますが、今回の
    「誰もぼくを止めることはできない」など、
    結局自己主張というか承認欲求が強いですよね。
    殺人の標的には己を余さず打ち明ける悪癖や
    切った爪を記録に留まらず保存してしまうなど、
    確固たる信念に基づいての目的殺人ならば
    絶対にやらない奇行にまみれている。
    この辺が吉良の弱い人間くささであり、
    不思議と生々しく人となりを感じられる部分。

    幽霊の見た目からすると遅く生まれた息子なのか、
    写真のおやじにとって良影は手放しに溺愛する
    対象のようですが、だからこそ良影は
    自分が親から隅々まで理解と評価をされて
    おらず、
    転じて愛情不足に陥ってこのような自己顕示欲から
    逃れられないのかなーなどと思ったり。

    しかしなんでこの幽霊おやじは
    パジャマ姿なんだろう(笑)

    • 目立ちたくはないくせに、やたらと自己顕示欲や承認欲求が強いってのはまさしくオタク気質。吉良吉影に不思議と共感が持ててしまうのは、そういうところかも(笑)

      何かを異常に偏愛したり、自己満足的な収集や記録を好むのもオタクにはありがちな行動。手首を好んだり、爪を集める行為自体は理解不能であっても、気持ちの部分では自分と然程ズレていないので、ただ「頭がおかしい」の一言では片付けられない共感があるんですねー。いやぁ、奥深いキャラです。

      >親から隅々まで理解と評価をされておらず、転じて愛情不足
      面白いですね。家庭環境が見えてくると、現在の吉良吉影の人格形成に至った原因というものを、いろいろ想像してしまいます。ラスボスの家庭環境を想像するってことも異例だと思いますが。

      でも、吉良吉影を犯行に駆り立てる原因は結局性癖だと思うので、親の育て方は関係ないとも思います。立派な教育を受けたら、正しい性癖が身に付くわけじゃないですもんね。

      >なんでこの幽霊おやじはパジャマ姿なんだろう
      確かに(笑) 寝たきりのまま息を引き取ったから、パジャマが死に装束だったのかな。

  3. >自分の能力の仕組みをわざわざ丁寧に説明していた吉良のお父さんは、優しいのかバカなのか
    これが作者の上手い所といいますか、
    スタンドは精神エネルギーの具現化なのです
    そして自分の能力をわざわざ説明してやるという行為は精神的に優位に立てるのです

    そういう精神的優位さが精神エネルギーになり、スタンドパワーになるのです
    つまり見下しや慢心という本来ならマイナスとなる行為がスタンドパワーに繋がるので意味のある行為になります
    能力バトルものでお約束の能力解説を解説する側にとっても得な行為にする事で意義を出してる訳ですね

    この辺はハンター×ハンターの制約と誓約なんかがモロに影響を受けてます

    • そういう設定は最初に説明してくれないと後付け臭い気もしますけど、理屈はよくわかりました。リスクを背負うことでより効果が増すというのは、まさにHUNTER×HUNTERの制約と誓約ですね。富樫さんはジョジョに影響受けすぎ(笑) 私が言ったように、誰も自分の能力を説明しないで黙って攻撃してきたら漫画になりませんので、こういう設定は必ず必要だと思います。

      でももっと細かいことを指摘すると、それなら仗助らもちゃんと自分の能力を説明してあげた方がいいですけど。敵も仗助たちのスタンド技は初見のはずなのに、あんまり驚いたり戸惑ったりしないのはちょっぴり引っかかるところです(三部のDIOの手下たちは情報共有していたでしょうが)。

  4. 吉良父は、息子を溺愛し、悪行を容認しているところがエンヤ婆とよく似てると思いました。
    スタンドの矢を持っているのならなおさら。

    中の人は億泰とは歴代ねずみ男にしてチータスとメガトロンという岩浪色。

    • ああ、確かにJ・ガイルを溺愛していたエンヤ婆の精神性と被りますね。息子の悪事を知りつつ、それでも息子を肯定して自分もその手助けをするところが。父親が息子を溺愛しすぎると吉良吉影が育ち、父親が息子を虐待しすぎるとDIOが育つ(笑) 頼むから、極端な教育方針でラスボスを育てるのはおやめください。