ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない第14話「漫画家のうちへ遊びに行こう その1」雑感

7話のバトルで病院送りにされていた間田が退院。学校の帰り道、康一と顔を合わすとたちまち2人は意気投合。最近杜王町に越してきたと噂の人気漫画家岸辺露伴宅に一緒に遊びに行ってみることに。間田と康一が仲良くなる要素は特に見当たらなかっただけに、この組み合わせはちょっと不思議というか、奇妙な感じ。同じ4頭身のサイズ同士、通じ合うものがあった??

ジョジョ特有のマッチョ感が四部になって急激に失われてしまったことは、もう仕方ないと諦めがつきつつありますけど、このデフォルメタッチなキャラデザインはちょっと慣れそうにないです…。康一&間田のミニサイズキャラ2人の会話シーンは、もはや絵的に別のアニメを見ているとしか思えなくて。今までこんなちっこいキャラ1人も出てこなかったのに、第四部はなんでこんなに増えたのやら。

件の岸辺露伴は私でも名前を耳にしたことあり、ジョジョ屈指の人気キャラであると認識しています。有名なだけにどんなキャラだろうという興味も大きかったですが、これはなかなかの曲者というか、相当エキセントリックなキャラのようで~。

初対面では威圧感を放つ恐ろしい人物でしたが、一転してファンを仕事場に招いてもてなす心優しさを見せる。かと思ったら、作品について熱い持論を語り始めながら急に激昂したり、とにかく感情の起伏が激しい気まぐれな性格。まさにクリエイター気質ってやつですかね。

スタンド能力「ヘブンズ・ドア」は、人体を本に変えてしまう能力。ページをめくると、その人間がこれまで歩んで来た人生の歴史が丸わかりになってしまう。見た目のグロテスクさとは裏腹に比較的害のなさそうな能力だと思いましたが、露伴はそのページに加筆することができて、意のままに操ってしまえるのがたち悪い。感覚としては、ウェブサイトのソースやアプリのスクリプトを自由に覗いて、直接編集することが可能な能力って感じでしょうか。

散々恐ろしい目に遭いながら、康一と間田は屋敷を出る頃にはまったくそんな素振りを見せず、翌日になると再びのこのこ露伴の家に自分の脚で訪れてしまったのは、恐らく露伴が「今日の出来事を口外しない」「翌日また家を訪れる」という内容を書き加えていたからでしょう。体重がごっそり20kgも減っていたという謎についてはピンと来ませんけど、まぁそれも次回明らかになるはず。

「ところで君たち、面白い漫画というものはどうしたら描けるか知ってるかね?」
「リアリティだよ。リアリティこそが作品に命を吹き込むエネルギーであり、リアリティこそがエンターテインメントなのさ」
「漫画とは想像や空想で描かれてると思われがちだが、実は違う! 自分の見たことや体験したこと、感動したことを描いてこそ面白くなるんだ!」

岸辺露伴の主張していた漫画論はとても説得力があり、強い共感を得るものでした。リアルと作品の面白さは正比例しませんけど、「フィクションだから」という言い訳を振りかざして、リアリティをとことん無視した妄想ストーリーを垂れ流されても、ちっとも楽しめたもんじゃない。「あ、これは夢だ」と途中で気付いてしまう明晰夢のように、リアリティの希薄さは作品への感情移入を阻害してしまう。だから、フィクションの世界でもリアリティは必要ですし、むしろ現実から乖離したファンタジーな作品ほど高いリアリティを求めたくなります。例え異世界に転生して無双してハーレムになるような作品であろうとも。

漫画の面白さを追求する上でリアリティに重きを傾けなくてはならないという至言は、実際ジョジョ作者荒木飛呂彦さんが持つ本音であるような気もしますね。途中からアニメのキャラという枠組みを超えて、岸辺露伴は実物の作者そのものであるように感じてきました

実際、露伴と荒木さんはどれぐらい共通点があるもんなんでしょ? 荒木さんも実はこんな難儀な性格だったり? 家に出た蜘蛛を殺して食べてこの回を描いていたんじゃないかと疑わしくなってきます(笑) 荒木さんなら波紋もスタンドもフツーに使えそう。キャラを通して、作者の実像が垣間見えた気になれるところが、岸部露伴の人気の秘密なのかもしれませんね。

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なでしこやまとでは、総ての作品が浅生大和の主観に基づいてレビューされています。私個人の主義主張&趣味嗜好が評価に大きく関与し、客観性を無視した極めて独善的なレビューとなっております。そのことを充分踏まえた上でご覧いただけるよう、よろしくお願い致します。
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  1. 岸部露伴は作者を反映してるのではなく作者の理想の漫画家のひとつで、ジョジョの作風もあり初対面の人に露伴のような気難しい性格を想像して身構えられてしまうのが悩みらしいですよ
    実際あった人によると穏やかで人懐っこい印象を受ける人だそうです

    • 漫画家という人種をステレオタイプに、同時に自分の理想を融合させて生まれたのが岸辺露伴というキャラだったのですか~。あまりのリアリティに、てっきり作者本人を投影しているのかと思いましたよ。やっぱり漫画の面白さの秘訣はリアリティだね!

  2. 時代の先取りに定評のあるジョジョがフェイスブックも先取りしていた!?

    私がまだ幼い頃、初めて見たジャンプに掲載されていたのが露伴が蜘蛛をペロペロする回でした。
    アニメではまだ簡略化された蜘蛛でしたが、原作は細か過ぎるディティールでさらにグロかったです。
    幼心にトラウマを植え付けられ、それからしばらくは気持ち悪くて読めなかったのですが、どうしてもあの蜘蛛のシーンが頭から離れず、数年後に改めて読み始めたのが私のジョジョの入りでしたね(笑)

    >体重がごっそり20kgも減っていたという謎
    これは単にページを破って奪われたからですね。何故ページを奪われたら体重が減るのかはわかりません。
    ちなみに露伴の家に行ってしまったのはともかく、仗助に相談できなかったのは「攻撃できない」の効果です。
    物理的な暴力だけでなく、露伴に危害を加えることは直接的間接的問わず一切不可能という恐ろしい拡大解しゃ…恐ろしい能力です。

    >露伴と荒木さんはどれぐらい共通点がある
    性格的には上の方のおっしゃる通りなのですが、4日で原稿を上げているのは実話らしいです。
    もちろん荒木先生はアシスタント有りで、正確には「ネーム6時間、作画4日、遅れたことは一度もない」だそうですが。

    • 幼心に深い爪痕を残すほど、原作の蜘蛛を食すシーンはインパクトあるものだったんですか。筆力の高い荒木さんですからなんとなく想像できますけど、是非私も見てみたかったです。その作画は、確実に実際に蜘蛛を捕まえて描き上げていたはず!

      >(体重低下)単にページを破って奪われたから
      体重が減っていたことは、露伴の能力に隠されたもう1つのギミックかと深読みしていましたが、そこは大して重要なポイントじゃなかったのね。体重が半減しているってことは、相当ページ破られているような気がしますが…(笑)

      >4日で原稿を上げているのは実話らしい
      漫画のキャラに匹敵するほどの能力の持ち主とはすごすぎる(笑) これはますますスタンドが使える疑惑が増してきましたね。

      それにしても、ネームがたった6時間で完成しているってマジ!? 作画は速筆な人(orアシスタントが優秀)ならなんとかなりそうな気がしますが、ジョジョって毎回バトルの内容が捻ってありますし、斬新なスタンドの設定を思いつくのも大変でしょうから、ネームが最も時間かかる作業だと思っていました…。常人ならネームだけで4日かかってもおかしくないですよ。

  3. 荒木先生が自認する漫画家人生屈指の
    失敗のひとつとして、初期作品における
    取材不足、リアリティ無視の弊害を
    エッセイで告白しています。

    その原因も
    「ディーゼル鉄道が走らない地域の風景に
     ディーゼル車を走らせてしまった」
    という、回りからすれば果てしなく
    どうでもいいレベルのミスですが、本人は
    取材して得た実在の風景にミスを残した
    ことで、その風景に覚えがある読者には
    絶対に拭い去れない違和感の種になって
    しまい、延いてはその読者にとって
    自分は平気でウソを描く作家であるという
    絶対的な隔絶が置かれてしまったろう
    とまで悔やまれていました。
    さすが波紋法と石仮面で漫画を描く作家は
    お若い頃からどこか大変におかしいです。

    事実・現実と共有できるリアリティは、
    作中独自の価値観や道理を納得させる
    最小単位に他なりません。
    リアリティを通しての解読ができない世界は
    所詮、究極的には作者の都合で全てが
    決まってしまう妄想世界の域を出ませんね。

    流行の異世界無双なんかも、結局は
    ファンタジー世界を手持ちの武器で
    精々生き抜くたくましいものではなく、
    手持ちの二束三文が過剰に炸裂しちゃう
    都合のいい異世界が向こうから来る
    というのが殆どですし。

    その手持ちが読者に実感を持たせにくいから
    武道やスポーツ、知恵や学問といった
    積み上げて結実するものではなく、
    オタ知識やスケベ根性のような
    遊んでいるうちに手元に残るだけのものを
    流用して、読者と安い共有を得ようと
    している気も。
    この辺が昨今のラノベが賛否両論な所の
    ツボではないかなぁ。

    • 初期(ジョジョ一部)は確かに荒さがあって、リアリティの観点では低かったと言わざるを得ないんですが、最初から“昔の作品”としてみていたせいか、引っかかるような箇所があっても特に気にならなかったですね。荒唐無稽な展開も作品の味のように感じられて。今の作品なら意味不明な擬音にも理由を求めてしまいそうですが、昔の作品だからこそ、そこはギャグに転嫁され面白さとなる。

      >ディーゼル鉄道が走らない地域の風景にディーゼル車を走らせてしまった
      って、気にしていたのはそんなところですか!(笑) そんな細かいところは気にしなくていいのに~。それで自分は嘘をつく作家であると自責の念に駆られていたなんて、真面目な人というか、こだわりの強い人なんですね。

      >リアリティは、作中独自の価値観や道理を納得させる最小単位
      そうなんですよ。リアリティが比較対象に使う物差しとなることで、作品独自の空想の産物も実際の大きさが伝わってきます。物差しそのものがガタガタに歪んでいては、何もかもが歪に見えてしまう。作者が思い描く空想の世界に説得力を持たせるために、リアリティは看過してはいけないものだと思います。

      >遊んでいるうちに手元に残るだけのものを流用して、読者と安い共有を得ようとしている
      特別な知識も教養も経験もなく、アニメと漫画だけを読んで育ってきた人間が、狭いオタク知識を頼りに漫画やラノベを真似て作っても新しい傑作は生まれない……という考えは私も以前ありましたけど、実際これだけ「なろう小説」とやらが多くの読者から共感を得て人気を博しているのなら、その考え自体間違っていたと言わざるを得ません。

      まぁ恋愛漫画だって、作者本人の恋愛経験は(恐らく)乏しかったとしても、傑作は生まれてくるもの。知識や経験に基づいたリアリティこそが絶対でないのは確かでしょうね。